ねむるだけ

主に読んだ本について。ほぼ全記事ネタバレを含みます。

ノルウェイの森

ノルウェイの森村上春樹 講談社文庫 2004年

 

 

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

  • 作者:村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2004/09/15
  • メディア: ペーパーバック
 
ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

  • 作者:村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2004/09/15
  • メディア: ペーパーバック
 

 

 

男子大学生の喪失と再生を繰り返す物語。

主人公ワタナベは、キズキという男友達がいた。キズキには直子と言う恋人がおり、3人で遊ぶことも多かった。しかしキズキが自殺をし、3人はバラバラになる。キズキの失ったことでワタナベは東京の大学へ進学する。そんなある日直子と偶然再会し、定期的にデートをする間柄になる。そして直子の誕生日の日に、関係を持つ。その後直子は精神を病み、京都の療養所に入る。ワタナベは大学で緑と言う女学生と知り合い、惹かれ合う。ワタナベは直子に献身的に尽くそうとするが、最終的には自殺してしまう。ワタナベは緑と未来へ進むことを決める。

 

 

村上春樹には、なんとなく、漠然とした苦手意識があった。春樹ファンのことを「ハルキスト」と呼ぶのが気に食わなかったのかもしれない。なんだそれは、「村上春樹のファン」とかじゃダメなのか、とモヤモヤしていた。

おそらくそれが原因で、大学一年生まで読まず嫌いをしていた。話題になっても避けてきた。しかし同じ高校だった憧れの女の子が村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』を読んでいるのをSNSで発見。そうなると話は変わってくる。わたしはブックオフに駆け込んだ。だがお目当ての本はなく、特価100円の『ノルウェイの森』を上下セットで買った。計200円。安い買い物である。

読み始めてみると、あくまで個人的な感想だが、思っていたよりも癖を感じない文章だった。それまでわたしの中には、村上春樹は癖だらけの小難しい文を書く作家という、ものすごく勝手なイメージがあったのだ。しかしそれはあくまでイメージに過ぎず、さらりとした文体と幻想的な雰囲気で物語は進んでいく。

 

 

わたしが最も好きなシーンは、ワタナベと緑が最初のキスをするところである。

ワタナベは緑の家に上がり、彼女の手料理を食べた。食事後、二階のベランダから外を見ていると、近くで火事が起きているのに気が付く。二人はそれを見ながら、ビールを飲み、緑のギターを聞いた。話をしているうちに、二人は「あたたかくて親密な気分」になり、これを「何かのかたちで残しておきたい」と考える。そうして二人はキスをした。

このシチュエーションを見て、大半の大学生は「うーん、なんかエモいな」という感想を抱くのではないだろうか。個人的に村上春樹の文章は全体的に見て、わかりやすく現代的に言うならば「エモい」の集合だ。どの部分を切り取って読んでも、エモいし、美しい。言い換えるならば文学的であり詩的なのだ。(わたし個人の考えとして「エモい」の類義語は「文学的」や「詩的」である)

わたしはこの、村上春樹作品からビンビンに香る、安っぽいエモさに心惹かれる。

少し『ノルウェイの森』からは脱線するが、自分なりの「エモ」への考察をここに残しておきたい。先程も書いたようにエモいと文学的、詩的はほとんど同じ意味だと思う。しかし、あくまで「エモ」とは若者言葉であり、軽いノリで使われるべき表現だ。だからこそ「エモい」ものや場面には、安っぽさがなくてはならない。デジタルカメラより写ルンです、高級フレンチで飲む赤ワインより六畳一間で飲む缶ビールなのだ。村上春樹はそのあたりがちょうどいい。純文学の中に、若者も好む「エモさ」が混じっている。だから長く人気があるし、「ハルキスト」なんたる呼び名がついたのではなかろうか。

 

 

せっかくなので作品中でキーとなるビートルズの『Norwegian Wood』を聞いてみた。心地いい音楽で、普段はあまり洋楽を聞かないのだけれど、正直ハマりそう。でも19歳でビートルズにハマるのって、ちょっぴり遅い気もする。こっそりハマることとする。そんなことはどうでもいい。

歌詞の和訳を載せる。

 

僕にはかつて女がいた。あるいは僕が彼女のものだったと言うべきだろうか。

彼女は自分の部屋を見せて言った。「素敵な部屋でしょ?ノルウェイの森みたいで」

彼女は僕に「泊まっていきなよ。どこにでも座っていいよ」と言った。

だから僕が部屋を見渡すと、その部屋に椅子がないことに気づいた。

僕が絨毯に座り、彼女のワインを飲んで時間を過ごす。

僕らが2時まで話こんでいると、 彼女はこう言う。「もうベッドに行く時間よ」

彼女は僕に「明日の朝は仕事なの」と言って笑いだす。

僕は彼女に言う。「仕事はないよ」

だけど結局バスルームで寝ることになった。

次の日僕が起きると僕は一人で、床では鳥が囀っていた。

僕は明かりをともした。

素敵でしょ?ノルウェイの森みたいで。

 

心なしかワタナベと直子の世界観に寄り添っているように感じる歌詞である。直子はバスルームに寝かせてなんかいないけどね。

 

 

この本を読んだのは、秋から冬に変わる頃だった。帰りの電車の中で下巻を読んでいたら「どうしても今日中に読み切らなければ」という衝動に駆られ、最寄り駅に着いてもホームのベンチで読み続けた。冷え込み、日も落ちた中で、ラストシーンを読んだ。レイコがワタナベと一緒に、直子を弔うギターを弾くシーンで、どうしてかはわからないけれど、ぼろぼろ涙が出た。

季節の変わり目、駅のホーム、村上春樹。それに加えて泣いてしまったせいで、なんだか陳腐な夜になってしまった。でも素敵でしょ?ノルウェイの森みたいで。